GS五島列島カヤック旅①




荒れたらやばい。 国内有数の激潮地帯。カヤックの情報が殆ど無い。

そんな五島列島に何とも抗いがたい魅力を感じて、いつもお世話になっている琵琶湖の湖北にあるカヤックのプロショップ、グランストリームの大瀬さんに、五島列島のツアーをお願いしたのが2年ほど前だっただろうか。

ある日、大瀬さんのツイートで『五島列島ツアーやります』という告知を見つけ、反射的にエントリーしていた。

申込んだ時は、憧れの対象でしかなかった五島列島。でも、いざ本当に漕ぐとなると、憧れだけでは済まされない。漕ぐための情報を色々調べる始めるわけだけど、海図を取り寄せてみてドキリ。月齢と潮位を調べてみてドキリ。ネットをググって、数少ないカヤックの情報を漁ってはドキリを繰り返し、出発間際には、完全に五島列島の厳しい海峡に気後れどころか、白旗状態だった。

そんな折、現地に前入りしていた大瀬さんからの連絡があり、

「五島はヤバぃ!」

と、言われたもんだから、五島福江空港の地に降り立った時は既に、満身創痍の抜け殻状態で、笑顔は若干引き攣っていたと思う。

空港到着時は雨。なんだったら、このまま台風でも来てくれれば、漕げない(漕がない)理由付けもできるんだろうけど、天気予報はあいにく?の回復基調。買い出しを済ませ、事前に送っていた荷物をヤマト運輸に受け取りに行き、本日の幕営地である福江島の浜田浜へ向かう。

途中、カトリック水の浦教会へ立ち寄る。



五島列島といえば、カクレキリシタンや潜伏キリシタンが有名ではあるけど、元々あまり宗教的な事柄には興味もない僕にとっては、教会にはそれほど興味をそそられなかった。

んがっ!

実際に、水の浦教会に足を踏み入れるやいなや、言葉では言い表せないような、厳かな空気に包まれる。決して華美でもなく、特別な建て方でもない教会なのに、今まで感じたことがない、暖かさの中に切なさを含むとでも言おうか。とにかく何かがあると思わせる空気がそこにはあった。

この旅の途上で、いくつかの教会に立ち寄ったけど、五島の教会には、なにか言葉ではうまく言い表せない、歴史の重みと人の真摯な祈りみたいなものを感じる。

そんな教会を後にし、浜田浜へと向かう。朝から続いていた雨は上がり、頭上高くに燦々と輝き始めた太陽を浴びながら、細い島道を縫うように走ったその先。目の前に広がる五島ブルーの海は、衝撃的だった。

穏やかな波間に陽の光がキラキラと反射している。まさに五島パラダイス。

今回のツアー参加者全員が、声にならない声を上げた。



激しい海。険しい海。押し寄せる潮流に叩きつける波を想像していただけに、そのギャップたるや半端ない。(まぁ、事前イメージは、翌日以降、しっかりと具現化してくれた訳なんだけど・・・)

いい意味で裏切られた一行は、何も手につかず、カヤックの組立やテントの設営すら横に放置して、夕暮れ時まで五島ブルーの海を眺めながら怠惰に過ごす。

大瀬さんが地元の知り合いから差し入れてもらった食材や、ツアー参加者が買い込んだ豪華な食材をつつきながら、初日の夜は更けてゆく。



穏やかで天国のような浜田浜が、深夜、急激にその様相を変えてゆくのを、薄いテント越しに感じながら、

「どうせなら、もっと風よ吹け~! 雨よ降れ~! お願いだから、漕げない理由をたくさん頂戴~!!!」

っと、心の中でありったけのネガティブを願いつつ、深い眠りの中に落ちてゆくのであった。 




目がさめる。

あれ?! 昨夜の暴風は? テントを叩く雨音は? なんだか平和な外界にがっかり?しながら、テントを這いずり出て、パラダイス五島の浜田浜を眺める。

んぐっ!! なんだこの微妙な荒れ具合は?!

ベタ凪だった昨日とは、まるで別物の海が目の前に広がっている。毛羽立った水面。確かにザワついてはいるが、漕げなくはない。っつ~か、荒れるなら、思いっきり荒れてくれ! この中途半端な感じはヤメロ。

案の定とでもいうべきか、「とりあえずは出発の準備をしましょう」というツアーガイドの大瀬さんの無慈悲な一言に、昨日とはまったく反対の意味で何もやる気が起きない重い身体を引きずりながらも、出艇の準備を整える。




11:30。ざわざわと水面が揺れる浜田浜の湾内を漕ぎ出した。いよいよ旅が始まった。

出艇時、思わぬうねりのタイミングと重なって、コックピット内に大量の海水が流れ込んだ。嫌な予感しかしない最初の一歩である。少し沖に出て、必死にビルジポンプで排水する。すでにみんなからは置いて行かれた形にはなったけど、出だしはゆっくりと海のテンポを身体になじませながら行く事になっていたので、焦ることもなくセオリー通りに手順をすませ、スプレースカートを装着して、いざ漕ぎ始めた。



あれ? なんだか漕ぎが重いぞ。思ったようにスピードに乗らない僕の愛艇。普段の不摂生を後悔するも、すでに時遅し。

波を身体に馴染ませる余裕すらなく、最初からMAXでパドルをかき回すも、ジリジリと先行した集団に取り残されてゆく。

すでに心には余裕は無く、腕もやたらと疲れてくる。遠くで大瀬さんのラッパの合図が響いてきた。グランストリームのツアーではおなじみの、旅の始まりの合図である。本来ならば、

「行くでぇ~~!!!」

っと、ラッパに呼応して叫び声を上げるところだけど、すでに200mほどビハインドとなった僕の叫び声は届くはずもなく、ただひたすらに追いつこうと腕をかき回していた。

そんな状態の僕を嘲るように、五島の海は本性を少しづつ表し始めた。島の沖を流れる力強い海流。その余波を受けたパワフルな波のウネリが島に押し寄せ、荒々しく削り取られた岸壁に叩きつけられる。その返し波が、沖からの波とぶつかり、思ってもみないような高波が立つ。しかも、福江島の北側は水深が浅いところも多く、大量の海水が急激に浅瀬に乗り上げてくるもんだから、余計に波は高くなる。

海況は時間の経過と共に荒れてゆく。そして、艇速の乗らない僕のカヤックは、激流の中の木の葉の様に、波間を舞うばかりとなった。すでに大瀬さんを始めとするツアーグループに追いつくことは叶わない。

非常事態のアラートが、僕の脳裏に鳴り響く中、できるだけ冷静に状況を分析する。

問題は、すでに数ノットで流れる潮に乗っている。つまり、川を下っている状況だ。自ずと、引き返すという選択肢は消えた。それならば、転流を待って戻るか? いやいや、こんな状況で、集団と外れた行動(すでにずいぶん遅れてはいるけど)を起こす勇気なんてさらさら無い。 では、スピードを落として極力余力を残しながら、少しずつでも前に進むか。とはいえ、潮はずっと同じ方向に流れるわけじゃないので、時間的な余裕はそれほど無い。

そして、漕ぎ始めからほぼ全開でのパドリングを続けていたせいか、腕がすでに攣り始めている。ひと漕ぎしてはズキン。もうひと漕ぎしてはビキーーン!! 痛てぇ~~!!!! 本来なら、ここでスポーツドリンクなどで給水して、ストレッチをしたいところだけど、すでに海況はそんなことを許してくれる状態では全く無い。

そこで、はたと気がついた。

あれ? これ、すでに詰んでないかぃ?(;´Д`)

そんな弱腰な僕に追い打ちをかけるように、でかいウネリがこっちに近づいてくる。そのウネリは徐々に高さを増し、もはやコップの水がこぼれ落ちるが如く、波頭が崩れ始め、白波を引きながら迫ってきた。この時、僕の恐怖心はMAXを遥かに越えた。そして・・・

ざっぱ~~~んっ!!!!!!

肩口からブレイクした波をモロに喰らい、頭は純白のお花畑状態のまま、ドカン!!という衝撃とともに、全身に波を浴びた。

一瞬の後に我に返り、沈もせずにパドルを握りしめる自分に逆に驚きながらも、とにかくこの激ヤバなデンジャラスゾーンを、一刻もはやく抜けるべく、心身共に限界を越えた自分に更に鞭打ち、必死に漕ぎ続けた。

思い返すと、大波との激突の寸前に、迫る波の方にカヤックを預けてパドルを突き立てたお陰で、ブレイクする波頭のパワーをうまく逃がせた気がする。あれがビビって身体が波と反対にのけぞってしまったら、あっという間に沈していただろう。

前に極寒の冬の日本海合宿で、波打ち際のブレイクラインでそんなトレーニングをやった事がある。その経験がもし活かせたのなら、あれはあれで、ただ寒い思いをしただけじゃなかったということになる。(まぁ、その時は、寒くて怖いだけだったけど・・・)

時間の感覚はすでに無くなっていたけど、カメラのタイムスタンプで確認すると、約1時間半弱。

少なくとも、僕の中では生死を分けた激闘の五島の潮流との戦いの第一幕は、接戦の末、僅差で僕に軍配があがった・・・ってことにしておこう。なんたって、僕は生きているんだから・・・。

やっと先行していたメンバーとの合流を果たし、今日のゴールの福見の浜が見えた時、全身の力が抜け、僕の口からは、魂がぬるっと滑り出そうとしていた。何気なく辺りを見渡して、ふと、僕の斜め後ろにただようビルジポンプ(カヤックに浸水した水を吐き出す手動ポンプ)が目にとまる。本来は、後方のデッキにゴムのコードで縛りついているはずのものだ。

そういえば、出艇の折に、波を被りコックピットに浸水した水を吐き出した後、みんなに置いていかれまいと適当に差し込んだ気がする。それが、知らぬ間にデッキから外れたわけだ。確保用のロープでカヤックとはつながっているから流出することなく、犬の散歩よろしくついてきていたわけだ。

・・・ちょっと待て。

今日に限って、やたらと艇速が乗らなかったのはコイツのせいじゃないのか? 
そう思うと、ビルジポンプを叩き割ってやりたい衝動にかられるのであった。

しっかし・・・生きてて良かった。

もう、明日なんて来ないんじゃないかと思ったよ、ママン・・・(泣)


そして五島の旅は、当たり前の如く、このままでは終わらないのだった。




つづく

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