山に登れるだけで、きっと幸せなんだよ。


2年前の夏、僕は唐松岳を訪れた。

春に山を始めたばかりだった僕は、雑誌で読んだ『はじめての北アルプスデビューにうってつけ』っていう言葉を鵜呑みにして、ゴンドラとリフトを2本乗り継いで八方池山荘へと降り立ち、八方尾根を歩き始めた。

緩やかに登る木道。第ニケルンの先に雄々しく広がる圧倒的な山塊。八方池に映る白馬連峰。唐松山荘越しにつづく登山道が、美しい三角錐の頂点へと伸びてゆく唐松岳の雄姿。

言葉に詰まるような感動に、心が震えた。

そんな素晴らしい山行だったけど、正直、初心者の僕にとっては想像を遥かに超えたしんどさで、下山時は両前腿がいつ攣ってもおかしくないくらいに疲弊していて、かなり試練の山行となり、『どこが初心者に丁度いいんだっ?ふざけんなバカ野郎!!』っと、心のなかで暴言の限りを吐きながらも、なんとか八方池山荘にたどり着いた時には、完全にゾンビと化していた。

あまりに疲れ果て、すぐにはリフトに乗る気にもなれず、バックパックを投げ出すようにしてベンチに座り込んだ。

そんな、今にも死にそうな僕を気遣ってか、みるからにご高齢のお婆さんが僕が座るベンチの端に腰掛けて、優しく

「お疲れ様。」

っと声をかけてくれた。

なんとか息を整えながらも、お礼がてら、ポツポツと語り始めるそのお婆さんのむかし話に耳を傾けた。


その御婦人は、若い頃からずっと山に登り、夫婦で百名山はもとより日本各地の山々を踏破した歴戦のつわ者という事だった。ご主人に先立たれてからも山に通い続け、いよいよ足腰に自信がなくなって、あれだけ大好きだった山に登れなくなった今も、こうしてゴンドラやリフトで登れる山に時々出向いては、山を感じに来るらしい。


「あんたはまだ若いんだから、今のうちにしっかりと楽しみなさいね。」

と言い残して、そのお婆さんはリフト乗り場へと歩いていった。


あぁ、ゴメンナサイ。

さっき下山時に、心の中とはいえ、山へのあらゆる罵詈雑言を吐き散らしてしまってゴメンナサイ・・・。これからは、山へ登れることの幸せをしっかりと胸に刻みます!


あれから2年。

相変わらず僕は、ヘタレでチキンな山登りを続けている。まぁ、時々文句が口に出ることもあるけど、それでも幸せを噛み締めながら登らせてもらってます。


お婆さん、お元気ですか?


あのベンチで食べたソフトクリームの味、僕は忘れられません。






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